グッドマン・インタビュー

その71 (2000年8月)

鎌田雄一


斉藤 剛 (tp)

1965年2月24日、東京に生まれ、育つ。
都立工芸高校、印刷科、卒。
グッドマンには、'99年8月より小川圭一asバンドのメンバーとして、1ヶ月おきに出演。平行して、そのあいだの月に、同バンドのピアニスト中溝俊哉ひきいるThe Commitee Of 39にも参加。('99年9月〜'00年5月)

今回は、5月号でインタビューした中溝さんからの質問でスタートしたいと思います。
1) 「時間をかけて即興をしている間に出てくるものがある」と言っていたと思いますが、それって何だと思いますか?どうそれを説明しますか?
2) 「グループとしての音」というものがあると思いますか?あるとすればどうやってそれを具現化しますか?ないとすれば、その理由は?
何かいつも話しているような内容で済みません。
 トランスの様な状態になるには時間がかかる、という意味で言ったのです。
 集中力が高まらなければ、トランスは起こらないので、それを得る為に時間を要するのだと思います。本当にトランス状態に入ってしまったら演奏も難しいでしょうからトランスの様な、と言いましたが、日常とトランスの間に立った状態が、理想的なのかもしれません。中溝氏が言うエクスタシーとはそういう場面で表出してきたものでしょうか?私はそう思います。
 次の質問ですが、グループが成立しているなら、それは有るでしょう。質問の〔具現化〕する方法は演奏するという事以外に無いと思うけど。〔具現化〕という言葉の裏に〔自分化〕するという意図があるなら、それは、個々多様であると思います。
 つまり、グループとしての音というものは、統一されたグループの意志には、なり得ないのでは、ないかと思っています。ただ一緒に音を出すという意味でのグループの音を認めるのか、意志を持って方向性を与えるのか、によって、やるべき事が、大分、変わってきて、しまいますが、しょせん、どういう風に考えて、あるいは何も考えないで音を出すか、の選択は、個人という箱の中から出ることは、できないでしょう。また、その楽しみが無ければ、フォービートでもファンクでも、特に即興ならば、演奏する意味は、感じられません。
 そして、即興を中心にした演奏に対して、方向性を指定する方法は、共通認識の持てる記号化されたものを用いて行う以外には無いと考えます。その他の、宗教的な方法あるいは文学的な方法、等は、私には認められないです。

音楽の記号は、どこかで習ったんですか?
 小学校、中学校で習ったぐらいで、あとは必要に応じて自分で調べました。
 さっきの話の記号は、音楽記号だけに、とどまりません。共通認識があれば、言語でも、絵でも、図形でも、いいと思うんです。
 鎌田さんへの質問ですが、ここ最近、私がグッドマンにいる時、たまたまかもしれませんが即興中心の演奏より、普通のフォービートやポップスっぽい音楽のレコードが、かかってますが、やはり長年、グッドマンで即興を聞いていると、フォームのはっきりしたものが、聞きたくなるんですか?それとも、その日のライヴ演奏が、あまり面白くなかった、という意思表示なのでしょうか?

私は、朝7時に起きて、まわりから苦情さえこなければ、コルトレーンのアセンションをかけて、踊り出したくなるタイプの人間なんです。
 だから、ライヴのインターバルにかけるレコードには自分としては、かなり神経を使っています。そっくり似た音楽も、くつろげないだろうし、かといって、あまり、かけはなれた音楽もシラケてしまうし、楽器の類似で、かけることもあるんですが、イヤミにとる人もいるし、苦労します。基本的に、お客さんや、演奏者が、ある意味で、くつろげる音楽を選ぶようにしています。でも、これも相対的なものなので、当日のライヴが、かなりハードだったり高踏的だったりすれば、かなりフリーなものでも、くつろげますよね。
 断言しますが、ライヴの良し悪しについて、かけるレコードで意思表示するなんて、遠まわしな事は私は、しません。顔に全部出てしまうんです。どう思ったか知りたかったら顔を見て下さい。なるべく自分の意見は、自分から言葉では言わないように、つとめています。だから、どうしても私の意見をききたかったら、それなりの覚悟をしてきいて下さい。そうとう「キツイ」ことも平気で言いますから。
 インタビューに戻りますが、グッドマンでは、サイドメンとしての斉藤さんしか知らないんですが、自分がリーダーに、なった時のイメージするグループの音って、あるんですか?
 4年ぐらい前まで、自分の曲を演奏するために、いろんな人とユニットを作りましたが、先に言った〔自分化〕して提出するという部分で考えすぎてしまい、しばらくやってません。その頃は、フォービートから段々に脱線して即興が増えたり、リズムがエイトやシックスティーンになったりして、今、思うとかなり、とっちらかっていました。一番最近にやっていたのは、サンプラーを使って、自分でベーシックトラックを作り、それに自分のトランペットと、もうひとりスティックの人がオーバーダビングした音楽です。今、時間が割とあるので、そういうのも、またやりたいですね。

マイルスも晩年、ベーストラックをマーカスミラーやイージーモビーに作らせて、オーバーダビングしてレコードを作ったりしてましたが、限界を感じてたらしいですね。かと言って、自己を主張する人間が集まるジャズや即興演奏で、グループの音を完全に自分化するのは、不可能じゃないですか?
トランペットとの出会いは、いつ、どんな風に?
 TUTUは、つまらなかったなぁ。
 ただ、新しいインストルメントを使って、音を作るのは、単純にエキサイティングなことなので興味があります。それと、音の自分化は厳密には不可能なんでしょうね。変な言葉ですが、自分化的と言った方がいいかも……。限界は、どんな形のものでもあるので、背を向ける原因にはなりませんが、道具によって表面的な方法論は変化するでしょう。それも楽しみのひとつかと思います。
 トランペットは、中学3年の時に、親にヤマハの安いものを買ってもらい、しばらく吹いて、自分で高いのを手に入れました。ソニーロリンズが好きだったのでテナーサックスが欲しかったんだけど、高くて、買ってもらえなかったんです。


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