グッドマン・インタビュー

その96 (2002年9月)

鎌田雄一


 長沼大介 (vl)

1964年4月30日、東京は荻窪に生まれ、目黒で育つ。
電気通信大学大学院、電気通信学研究科、博士前期過程、情報工学専攻、修了。
グッドマンには'99年9月より岩崎正樹(当時as今g)とのデュオに参加し、現在は野田行男(eb)が入ったトリオで毎月、出演。

(K: ヴァイオリンは、子供の頃から?
(N: 大学に入ってからです。特別に理由があった訳ではなく突然、思いたって始めました。大学のオーケストラ部に入ったのです。弾き方は先輩に教わりました。しばらくすると、子供の頃から習っていた人との腕の差が縮まらないのが分かってきて愕然としました。「どうして子供の頃から習わせなかったのか」と親に訊きましたら、「あなたがイヤだって言ったのヨ」と言われました。……子供の頃から始めた人というのは、音感がいいとか、指がよく動くというだけでなくて、指の形そのものが違うんです。弦をうまく押さえられるように変形しているんです。指先の肉が、上にめくれて爪に巻きついているという感じなんです。これには驚きました。この差は、どうやっても縮まらないですね。……今は、音楽をやるのは技術だけが大事なのではないことが分かったので、気にしないことにしています。そうは言っても、自分が出したい音のために、練習は必要だと思います。練習は、自分の感覚と実際に出てくる音の違いを、できるだけ近づけるためにやるのだと思ってます。……大学のオーケストラでは色々な発見がありました。例えば、練習の方法です。基本的に楽譜を見ながら練習していくのですが、それまでは、「音楽というものは、流れが大切だから、区切りのいいところから始めなければならない」と思っていたのですが、「じゃあ、119小節目から」とか言って、イキナリ始めるんです。難しいところは一小節毎に、やっていくんですね。考え方が変わりました。人間そのものを音楽を創り出す道具と考えたときに、機械的な部分を分離して、それだけを、まず鍛える。感情は、それはそれで、また別、ということなのでしょう。いかにも西洋的ですが理にかなっていると思いました。……楽譜には、音符だけではなくて、速さや強さまで細かく指定があります。実際に音を出してみると、その指定を見なくても、だいたい、その速さになるのです。これも驚きました。現代の作品では、わざとこの感覚をズラすのも、あるようですが、基本的には、音そのものが、自分の強さや速さを知っている、という感じです。こちらは、それほど西洋的でないような気がしますね。

(K: クラシックから即興への転換は、さきほど話に出た技術の問題と、関係あるんですか?
(N: それは全然関係ないです。私の中では、クラシックも即興も、あまり区別が、ありません。ベースとなっているものが違うだけで同じことをやっているのだと思います。……どこに力点を置くかで演奏のしやすさや聴きやすさが変わってくるのだと思います。演奏のしやすさ、というのは、つまり、思ったとうり[ママ]心をのせて演奏できるか、ということです。聴きやすさ、というのは、聴いていて気持ちいいかどうか、ということですね。拍子や音符があった方が出したい音をイメージしやすいこともありますから、その時はクラシックをやればいいし、そうでなくて、その場で思いついた音を出したければ即興をすればいいのだと思います。……演奏していて、クラシックと即興が似ているな、と思ったこともあります。それは、演奏者同士が、お互いに「相手に合わせよう」と思うと、逆に合わなくなってしまうことです。例えば、相手にリズムを合わせようと思って、少し待ったりすると、もう、その音は自分の音では、なくなってしまいます。相手も同じことを思っていたとすると、相手は、少し早く音を出すことになりますから、結局、リズムは、どこまでも合わないまま、曲が進んでいくことになります。そして、その音楽は、もう誰のものでもない、よく分からないものになってしまいます。即興演奏では、明確なリズムや音程は、ありませんが、全く同じことが言えます。……よく分からない音楽(そうなると、もはや音楽と呼べないかも知れませんが)に、ならないようにするために、ズレたと思っても、そのまま自分の音楽をキープするようにしています。全員が、自分のやりたいように演奏すると、自然と合ってくるから不思議です。即興演奏では、お互いのクイ違いも、調和のうち、と考えてやっています。

(K: クラシックと比べると、即興演奏というのは、世間的に全くと言っていいほど認知されていませんよね。しかも、明確な、リズム、音程、のない即興は、それのあるインドやジャズのような即興以上に不可解視されます。毎回、長沼さん達の演奏を聴いて、未来の音楽を聴いているように感じるのですが、そういうことは意識しますか?
(N: 日本人は、即興を理解してくれやすそうな民族だと思うのですが、なかなか、そうでもない、というのが、つらいところです。秋に鳴く虫の声を聴いて、騒音と思わずに風流だと思える民族なのですから、充分に、その素質は、あるはずです。……即興演奏を聴いたとき、それを、自分が今まで知っている音楽のひとつとして把えようとして、出来ないので、不可解なものとして位置づけてしまうのだろうと思います。おそらく即興演奏の何が面白いか、を知らないだけだと思います。実際、演奏している私も、即興の本当の面白さが分かったのは、始めてから、しばらく経ってから、ですから。……逆に質問したいのですが、未来の音楽のように聴こえるというのは、どんなところですか?

(K: 終始、静かな音で全員が演奏。そこには持続したリズムやテンポもなく、平均率音程も、ない。しかも、全員が表面的にはバラバラに、それぞれ演奏しているところ。きっと未来人は、こういう演奏をして、それを楽しむ未来人がいっぱいいるに違いない。でも、今は現代。はてさて、どうしたものか?
そういえば、CDを出す話は、どうなりました?
(N: 岩崎氏とのデュオですね。すべて決まって、あとは出すだけです。我々の音楽は、未来人でなくても楽しんでもらいたいですね。もしかして、「今」は、いつまでたっても、ずっと「現代」で、「未来」は、いつまで経っても「未来」のままになるのでしょうか?……と考えると、ちょっと不安ですが、理解してくれる人が多く現れるのを期待したいです。……でも、もともと「理解」する音楽ではないので難しいかも知れません。感覚に訴える音を出していきたいと思っています。自分の感覚をそのまま音にしたいですね。でも押しつけがましくならないように、演奏中は、できるだけ、音が自ら行きたい方向に行かせようと思っています。(音を生きもののように言うのは変かもしれませんが)明確な意思を込めるのは演奏の最初だけにして、あとは流れに任せたい。ちょうど、水の中に絵具を落としたときのような感じです。最初に少しだけ水を動かしてやると、あとは勝手に模様が変化していきますよね。それとまったく同じイメージです。その移り変わりを楽しんでもらいたいです。

(K: では、最後に、前回インタビューの浅井さんからの質問で「金管楽器のいいところ、と、わるいところをおしえて下さい。」
(N: 人間の肉体というか、人間そのものが音になって出て来る感じが、いいです。羨ましいです。私は弦楽器なので、どちらかというと無機的になってしまいがちで、表面だけしか伝わらないかもしれないという不安があります。その点、金管楽器は、いきなりディープに掘り下げられますから……。悪いところも、実は同じで、やり過ぎると、どうしようもなく嫌味になってしまうところです。
 おしまいに……グッドマンをもっと知ってもらおうと思い、ホームページを作っています。
  http://apaches.hoops.ne.jp/goodman/
グッドマンの店内の様子や、出演者の紹介をしています。ぜひアクセスしてみて下さい。

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